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日々考えている内容をまとめています。

Category: 健康

病院に来ると、たくさんの患者さんがいます。

病院=待ち時間が長い

というのは、常識のひとつとして考えられているくらいですよね。

いままでは、ひとりの患者として、待ち時間の長さに不満があったんだけど、患者さんひとりひとりが、自分の病気に悩んでいると考えを切り替えると、「なぜ、こんなに患者が多いのか」「なぜ、こんなに苦しまなければならないのか」と、素朴な疑問が湧いてくる。


普段、生活している場所では、病気にかかっているひとは少ないから、意識しないけど、病院では逆の状態だから、なんでこんなに患者が多いのかと考えてしまう。


久しぶりにテレビをみると、製薬会社のコマーシャルも多い。

体調をくずしやすい時期だからなのかもしれないけど、病気の原因を対策する薬(抗生物質)ではなく、炎症や発熱を抑える対処療法の薬なのが不安を掻き立てる。


表現が適切ではないかもしれないが、根本を治療する薬ではなく、身体を騙してごまかす薬なのだ。


厚生労働省のひとは、知っているのかもしれないけど、いろんな病気の種類と患者の数を月ごとに把握できれば、あらたな患者を発生させない情報を提供できるのかも。 (ノロウイルスみたいに。)


「日本の医療を成長産業にする」と、政治家は主張する。病気のひとを救うための産業であれば、否定はしないけども、健康を維持するためのライフスタイルも、成長産業のひとつとして成り立たせることができるのではないかと思うようになった。


食生活、社会生活、睡眠、それらを含めたライフスタイル。


日本は世界の富を独占しながら、貧しい生活をしている一面もあるし、人生の豊かさとは、なにかを考えていきたい。

「貧乏ゆすり」という言葉がある。

ネガティブな印象が植え付けられているが、特に疑問をもつことはなく、言葉どおりそのまま受け入れていた。

子どものころに、親に「貧乏ゆすりをするな」と怒られていたころが懐かしい。


貧乏ゆすりという言葉が生まれた理由は、当時、貧しかったひとが寒くて震えていたからだと考えられるが、

栄養が十分にとれず体温を維持できなかったり、洋服の重ね着が不十分など、貧しかった昭和の時代とくらべ、現在でも貧乏ゆすりをしてしまうことに、貧乏と結びつけるのは、対策を見誤るのではないかと思う。


こういうことを考えるきっかけとなったのは、僕が冷え性だから。

いままで、手足の末端が冷えてる事実があっても冷え性として認識することを拒否していた。(なんでだろう?)

だが、健康に気を使い始めると、事実を事実として素直に受け入れざるを得なくなり、この冷え性が気になってしょうがない。


冷え性対策として、足の筋肉を鍛えること、適度な運動を心がけることを勧められている。

それで、貧乏ゆすりの話に戻るのだけど、貧乏ゆすりは、冷え性対策としておこなっている自衛反応ではないかと思うようになった。


もし、貧乏ゆすりをしてしまいがちであれば、これは身体が警告を発していると捉え、身体をチェックしてみるといいかもしれない。


原因は冷え性だけではないと思うが、警告として考えて差し支えないものだと思う。

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